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それでも自分を中心としますか? エゼキエル11:16-21 [Devotion]

エゼキエル11:16-21

 11:16 それゆえ言え。『神である主はこう仰せられる。わたしは彼らを遠く異邦の民の中へ移し、国々の中に散らした。しかし、わたしは彼らが行ったその国々で、しばらくの間、彼らの聖所となっていた。』
 11:17 それゆえ言え。『神である主はこう仰せられる。わたしはあなたがたを、国々の民のうちから集め、あなたがたが散らされていた国々からあなたがたを連れ戻し、イスラエルの地をあなたがたに与える。』

  神様は、愛している私たちが神を無視し好き勝手に生き続けるのを見て、この世、ハデスに送り込まれる。そして、私たちはこの世において仮想の楽しみを楽しむ。しかし、それは永続するものではなく、この世ではいつも空しさを覚え、不平と不満に満ちている。私たちが苦しんでいるのを見て、神は散らされている私たちを神の国へ集められる。そして約束の地、約束の繁栄を下さる。

 11:18 彼らがそこに来るとき、すべての忌むべきもの、すべての忌みきらうべきものをそこから取り除こう。
 11:19 わたしは彼らに一つの心を与える。すなわち、わたしはあなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える。
 11:20 それは、彼らがわたしのおきてに従って歩み、わたしの定めを守り行なうためである。こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。

 私たちが主の哀れみによって神の国へ戻し、集められる時、神の嫌われるものは神自身が私たちの中から取り除かれる。そして、かたくなで、頑固だった私たちの心は主によって取り除かれ、やわらかい神を敬う、また神のして欲しいことをすぐに取り入れることのできる心を与えてくださる。それは、神の言われることに従って人生を歩み、守り行うためであり、それを通して大きな祝福を手に入れるため。その時私たちは本当の意味で神の民となることができ、神自身が私たちの神となってくださる。

 11:21 しかし、彼らの忌むべきものや、忌みきらうべきものの心を、自分の心として歩む者には、彼らの頭上に彼らの行ないを返そう。――神である主の御告げ。――」

 それでも、もし私たちがこの世での永久的ではない一時的な楽しみ、快楽を思い出し、それをまた求めだすならば。自分を中心とした人生をまた始めるのならば、神は私たちの頭にその行いを返すと言われる。

 その「彼らの行ない」とはなんだろうか?私たちがこの世で求めている快楽という意味ではない。その行ないとはわたしたちのその行ないによって受ける、呪いだろう。もし、私たちが主からの恵みを受けていて、もう前の生活から、そのあきれ果てるような快楽の生き方を主がすでに変えてくださっているのにそれに戻り、それを続けるならば・・・・もう一度よみの世界に戻ってしまう。ハデスの生活に戻ってしまうのだ。

 私たちは気をつけなければならない。それは、悪の力にではない。それは、主にそむく私たちの心だ。自分の心を見張らなければならない。また、鼻で息をするもの。「自分」を決して信じるのではなく、私たちを変えてくださる永遠の希望、主イエスキリストを信じ続けなければならない。本当に自分が今やっていることは神の前に正しいのか?神の前に追求し続け、神に問い続けることをやめたときにもう自分は後退しているのだろう。

 いつも神にお伺いを立てていこう。


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御霊に導かれる ローマ8:1-18、ガラテヤ5:16-26 [Devotion]

 ローマ8:7-9,12-13

 8:7 というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。
 8:8 肉にある者は神を喜ばせることができません。
 8:9 けれども、もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいるのです。キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。

 8:12 ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。
 8:13 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。

 肉(自分自身)の思いは神に対して反抗するものである。

 またガラテヤ5:17には「もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きる」とある。

 5:17 なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。

 ということは、肉(自分自身)と御霊は完全に逆のものであるということだ。「キリストの御霊を持たないものはキリストのものではない。」とあるとおり、自分自身によって生きているなら、キリストの御霊によって生きていないということ。

 だが、私たちはこの世に住み生きている。この世に生きている限りそれは付いてまわるだろう。それはどうすればよいのだろうか?聖書では私たちは「肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいない」(ローマ8:12)と言っている。肉を肉によって制してはいけないと言うことだ。次の聖句では「肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きる」とある。

 死には2種類ある。一つは肉体的な死。もう一つは霊の死だ。そして死の定義は霊と、肉体の分離だ。この定義を正しく理解できると、この2種類の死は異なっているようで、実際は同じことになる。

 「肉に従って生きるなら死ぬ」と聖書は言っている。霊的に死んでしまうのだ。そして、肉体的にも最終的には死ぬことになるだろう。「御霊によって体の行いを殺すなら、生きる」と言っている。

 人は皆、自分の弱さや罪を見ると否定したり、自分を変えようと自分で努力をする。そして、結局できなく自分を責め続ける。また、自分の弱さを人の中に見ると自分をとがめるように人をも律法的に責める。

 聖書が言っているのは肉を肉で制してはいけないという。自分の力によって体の行いや、問題を殺すことはできない。聖書は体の行いは御霊、聖霊によって殺さなければならないという。

 それをする時に何が起こるのか?それを考えたい。

 ローマ8:11 もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。

  私たちのうちに御霊、聖霊が住むならば、神は私たちの死ぬべきからだをも生かしてくださるのだから私たちからは罪から解放された行いが出てくるはずである。争い、不平、不品行(ポルノ)など。やめたくてもやめられなかった、変えたくても変えられなかったものができていることに気づく。もう罪を犯すことはできなくなっているのである。しかし、それでも自分の意思で自分から罪を犯すのならまた肉の行ないに戻ってくる。それが御霊が自分のうちに住んでいないことの証明である。

 ガラテヤ5:19-21

 5:19 肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、
 5:20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、
 5:21 ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。

 教会に来ること。神に奉仕を捧げること。聖書に書かれている、主が私たちにして欲しいことを圧迫と感じることがよくある。なぜだろうか?

  ローマ 8:15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。

 神は愛の方だ。私たちは圧迫を受けるような奴隷になったのではない。神は私たちを子としてくださっている。それも「アバ、父(お父さん!)」と親しみを込めて呼べるような関係。

 まず間違えてはいけない。サタンはだますものだ。神は罰を加え、懲らしめるだけ懲らしめるひどい神だと私たちに思わせてくるのだ。神は私たちを愛するがゆえに、もっと良くしたいと思って懲らしめはする。しかし、懲らしめて見せしめて、高笑いしているような最悪な神ではない。そのような、神なら私は付いていきたいとは思わない。私の人生においても辛いことはたくさんある。しかし、主は初めから終わりまで良い方である。愛の方であることを私は知っている。

 神は私たちを子としてくださる。この事は相続を受けると言う意味だ。神が約束してくれている相続。

 ローマ8:17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。

 神の約束は偉大だ。約束なんだから、必ずそれはなる。でなかったら約束ではない。神はペテン師ではなく、誠実な約束を守る方。Promise Keeperだ。 もし、私たちキリストを信じるものにその約束が成就していないのなら、私たちに問題がある。 神の祝福が自分に起こっていないときには、自分が神の子としての自覚を持っていない、御霊に導かれて生きていないことだろう。いつも主にお伺いを立てて人生を決断していかなくてはいけない。いつもとは毎秒毎秒が主との会話の時だ。

  御霊に導かれる時には、私たちには次のことが起こる。

 ガラテヤ5:22,23

 5:22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、
 5:23 柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。

 この9つの御霊の実は自分の人生に表れているだろうか?今日も、明日も自分を見つめなおし、主との会話を楽しみたい。


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苦い根を引き抜く エレミヤ1:10,30:12-17,31:28 [Devotion]

  エレミヤ1:10 見よ。わたしは、きょう、あなたを諸国の民と王国の上に任命し、あるいは引き抜き、あるいは引き倒し、あるいは滅ぼし、あるいはこわし、あるいは建て、また植えさせる。」

 この、言葉は以前全く意味の分からないものだった。「果たしてどういう意味だろうか?」とよく思ったものだ。

 今朝、神に祈っていると、主は私たちを解放したいと思っていることが分かってきた。私たちのどうしようもない束縛、何かに縛られている心。良いことをしようとしてもできないし、神に従いたいと思ってもできない。何か規則に縛られていて、良いことをしたとしても何かしらの後ろめたさはいつもくっついてくる。

 エレミヤ30:12-17

 30:12 まことに主はこう仰せられる。「あなたの傷はいやしにくく、あなたの打ち傷は痛んでいる。
 30:13 あなたの訴えを弁護する者もなく、はれものに薬をつけて、あなたをいやす者もいない。
 30:14 あなたの恋人はみな、あなたを忘れ、あなたを尋ねようともしない。わたしが、敵を打つようにあなたを打ち、ひどい懲らしめをしたからだ。あなたの咎が大きく、あなたの罪が重いために。
 30:15 なぜ、あなたは自分の傷のために叫ぶのか。あなたの痛みは直らないのか。あなたの咎が大きく、あなたの罪が重いため、わたしはこれらの事を、あなたにしたのだ。
 30:16 しかし、あなたを食う者はみな、かえって食われ、あなたの敵はみな、とりことなって行き、あなたから略奪した者は、略奪され、あなたをかすめ奪った者は、わたしがみな獲物として与える。
 30:17 わたしがあなたの傷を直し、あなたの打ち傷をいやすからだ。――主の御告げ。――あなたが、捨てられた女、だれも尋ねて来ないシオン、と呼ばれたからだ。」

 実は私たちが神を裏切って、私たちには咎と罪があるがために、私たちは傷つき、痛んでいると聖書は言っている。それがゆえに私たちはいつも痛む。何をやっても満足感や、充足感が来ない。親しいもの、恋人も文字通り、自分を忘れ、たずねようともしない。そのような、捨てられた、裏切られたことが実際に自分の人生に起こる。

 それを神は癒し、解放したいと願っておられるのだ。

 これは約束だ。聖書の中の預言書といわれるもの。エレミヤ、ダニエル、イザヤ、黙示録などの書簡はずべて約束だ。何の約束か?それは私たちの回復、解放の約束。捕われ人の解放。束縛からの解放。

 私たちは神の前に悔い改めなければならない。謝罪し、ごめんなさいと言わなければならない。神を神として認め、畏れ、へりくだる事。自分が神の前に何をしてきたか?小さな、日常生活の中でも神の思いに反して生きてきていないか?それを全て神の前に出して悔い改める。謝罪をする。

 神は、私たちを解放するためにまず今の自分を取り扱われる。それも、結構厳しく・・・

  エレミヤ31:28 かつてわたしが、引き抜き、引き倒し、こわし、滅ぼし、わざわいを与えようと、彼らを見張っていたように、今度は、彼らを建て直し、また植えるために見守ろう。――主の御告げ。――

 今の自分を神は「引き抜き、引き倒し、こわし、滅ぼす」。それは、次に神の願われる姿に造り変えるため。主の思われるように「建て直し、また植える」。

 捨てられた女、誰も尋ねてこないシオン(主の家)と呼ばれた私を主は癒し、私を食ったものは食われ、かすめ奪ったものは獲物として与えられると約束をしてくださった。主はその復讐を必ずしてくださる。もう、その日は近いのだ。

 だから、今日自分の心を清め、主が引き抜いてくださったその悪い心、自分の心の苦い根を今引き抜かなければならない。

 主はこわされ、また私を建て直される。


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捨てることとゆだねることの違い ヘブル11:1-12:14 [Devotion]

 私は神が愛の方であること、良い方であることを信じている。

 いつも、神は私に良い事をしてくださる。それが、自分の望んでいない状況だったとしてもだ。

 ヘブルの11章全体で、神は信仰を持つことがいかに大切かを教えている。

 ヘブル11:13-16では

  11:13 これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。
 11:14 彼らはこのように言うことによって、自分の故郷を求めていることを示しています。
 11:15 もし、出て来た故郷のことを思っていたのであれば、帰る機会はあったでしょう。
 11:16 しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。 

 聖書によると、神が約束をしてくれたものを得ることができないことがあるようだ。しかし、それを越えるほどの恵みを私たちの中に持つことができると書かれている。自分の故郷を求めることには二通りある。一つは自分の思い通りの思いを求めること。もう一つはもっとすぐれた故郷、神の与えてくださる天の故郷だ。私の帰るところがどこなのか?どっちに帰るなら幸せになれるのか?

 どちらを取るのも自由だが、私たちは神の下さる場所に帰るなら幸せになると聖書は言っている。私たちの先駆者たちは天の故郷にあこがれていた。彼らはこの世では旅人、寄留者であることを本当の意味でよく知っていたからだ。そのようなものを神は誇りと思ってくださって、その素晴らしい都を用意してくださる。

 さあ、それでは私の心はどうだろうか?本当に神の与えてくださる故郷に帰りたいと思っているだろうか?今の心を深く掘り下げ、細かいところを見極め主の前に出す時に、今の自分の気持ちが分かってくる。

 ヘブル12:5-14では、

  12:5 そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。
 12:6 主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」
 12:7 訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。

 12:10 なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。
 12:11 すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

 12:14 すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。

 主が私たちを愛するがゆえに懲らしめられる、それを通して弱り果ててはいけないとある。それは訓練であり、神の聖さにあずからせようとして訓練をすると言っている。私たちを試練によって訓練するのは、有益なことのためであり、私たちを聖めたいと思うからだと神は言われている。

 私たちは聖められることを求めなければならない。今日、今、心が感じていることを素直に全て神の前に出して、最後には神の道を取ることができるように吟味したい。今日できなければ明日できるわけがない。

 初めから終わりまで神は良い方だから大丈夫だ。


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言い訳をしない 詩篇37:5、ローマ12:1-3 [Devotion]

  詩篇37:5 あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。

 今朝、私は夢を見た。3つの夢だったが、どれも自分が追いかけられている夢だった。

  一つはボートに乗り、強行的にも逃げ続ける夢。2つ目は 警察から逃げ続けている夢。3つ目は学校の校舎の中で自分の飼い犬から逃げている夢だ。別に自分が悪いことをして逃げ回っている感じには取れないのだが、 とにかく逃げている夢だ。そしてどれも最後には私が捕まってしまうのだ。

 私はすぐに起きて主に祈った。

 自分のしているこ とが、もしかすると神の思われることじゃないことかもしれないということがある。自分では祈って進んでいるのだが、もう一度神の前に自分の心を掘り下げる と少しずつ本当の心が浮き出てくる。もし良いと思いながら、祈りながらも進めていることがあっても、少しでも不安や言い訳をすることがあるなら、それは神 がされたいことを行っていることではないかもしれない。

 自分の心をしっかり見極めなければならない。 神の前に正しく生きなければ神に喜ばれることはできない。箴言にはこうある。

 箴言16:3 あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない。

 また、ローマ12:1-3には

 12:1 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。
 12:2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。
 12:3 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。

 自分の体、思いも体の一部である。それさえも神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなければならないとここにはある。これが主を礼拝することだと聖書は言う。神の御心を知るために自分の行動を変えなければならないし、それを主は喜ばれる。

 自分の心の奥底を掘り下げて、何度も何度も吟味する。自分を偽って神を裏切ってはならない。

 主が言われたことは、主が成し遂げられるのだから。


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原発のこと [sniffz]

 今日は原発のことをしっかり皆さんに伝える必要があると思います。これを読んで判断されることが一番良いのじゃないでしょうか?

このページをご覧下さって皆さんで考えましょう。

http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html

 ちなみに原発がまかなっている日本の電力量は、日本全体の20%と聞きました。もしこの情報が確かであれば、あとの80%は原発以外でまかなっていることとなります。


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圧倒的な勝利者  ローマ8:24-39 [sniffz]

  東北地方で地震が起こった。それにより歴史上類を見ない大津波によって日本の3分の一が壊滅した。今先ほど東海地区でも震度6強の地震が起こったところだ。

 聖書にはこれらのことが記述されている。

 マタイ 24:6 また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。
 24:7 民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。

 まさに今の時代に起こっていることだ。しかしまだ、それは世の終わりではなく、イエス(人の子)が来られる前にはこのようなことが、産みの苦しみの初めであると聖書は言っている。

  ローマ 8:26 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。
 8:27 人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。
 8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

  このような現実の中で、私たちはどのように祈ったらよいか分からなくても御霊自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしの祈りをしてくださっていると聖書は言っている。主の霊、御霊自身が深くうめきながら祈ってくれている。

 私たち人間の心を深く深く、探って理解してくださる方は御霊の思いが何かを良く知っておられるのは、神のみこころに従って私たちを神とつなげるために祈ってくださっている。大切なことは神のみこころに聖霊は従っているということだ。

 私たちは、神のみこころとは何かを聖霊自身に問いかけてしっかりと知らなければいけない。聖霊は神のみこころどおりに私たちを導いてくださるからだ。

 神は神を愛する人々のためには、その計画に従って選んでくださった人々のためには、神がすべてのことを働かせて有益なものとしてくださると聖書は言っている。主は良いことのためにすべての事を許されることがある。

 私たちはこの世に生きることで精一杯かもしれない。もしやすると、神が良い方であるというのなら、なぜこのような事が起こるのか?ということがあるだろう。私たちはこの世のことばかりを見ていては本当に良いものが何かが分からない。しかし、この世での人生が終わった後にどこに行くのか?なにが待っているのか?を考えた時に神が私たちのために用意されているものが分かるだろう。

 そして、この世にあっても神を信じ、神に信頼する時、すべてのことにあっても圧倒的な勝利者となると聖書は約束してくださっている。

  ローマ 8:37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

 それを体験できる人生を私は歩んでいる。 主は初めから終わりまで良い方であるには変わりないのだから。


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霊によって知る [Devotion]

Ⅱコリント4:6-15

 4:6 「光が、やみの中から輝き出よ。」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。
 4:7 私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。

 ここでパウロが言っているのは私たちには「神の栄光を知る知識」があると言っている。そして、その知識を7節ではこの知識を「宝」と呼んで土の器の中、すなわち肉体の中に入れていると言っている。この肉体の中にあるもの、すなわち霊である。聖書は霊が知らなければいけない知識があると言っている。この知る力というものは、神から出たものであって、私たち人間から出たものではない。

 4:8 私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。
 4:9 迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。
 4:10 いつでもイエスの死をこの身に帯びていますが、それは、イエスのいのちが私たちの身において明らかに示されるためです。
 4:11 私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。
 4:12 こうして、死は私たちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのです。

 だから、苦しみ、死に直面はするが希望を持つことができる。


 4:13 「私は信じた。それゆえに語った。」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語るのです。
 4:14 それは、主イエスをよみがえらせた方が、私たちをもイエスとともによみがえらせ、あなたがたといっしょに御前に立たせてくださることを知っているからです。
 4:15 すべてのことはあなたがたのためであり、それは、恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現われるようになるためです。

 全てのことは私たちのため。そして恵みは多くの人に及び、感謝があふれ、神の栄光が現われると聖書は言っている。

 最終的に神は私たちを祝福したいと願っている。新生されると私たちには必ず喜びがあふれてくる。御霊に満たされて生きている証明(ガラテヤ5:17-23)だからである。

 そのためには神の栄光を知る知識が霊に必要になる。自分の肉体の脳などで神の知識を知ろうとするのではなく、自分の霊によってそれを理解し、蓄えなければならない。もし霊によって神を知るならば、私たちは聖書に疑いを持つことがなくなるだろう。

 聖書の言葉は初めから終わりまで真実である。


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訴えるものは誰か? [Devotion]

 ローマ 8:33 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。

  ここに、神が義と認めてくださるとある。神が聖書で言っていることはその通りである。

 自分の弱さを訴え、責め立てるのは神ではなく、サタンである。ヨブ記の1,2章の始めにサタンが神の前に出て行って、ヨブを打って良いか?と神に許可を求めているところがある。

 サタンは私たちがあたかも自分で考え、思っているように、思いに入り込んできて私たちを攻撃する。そして、私たちは自分で「なぜこのように思うのだろうか?」といって、自分を責める。それが奴のやり口だ。


 8:34 罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。

 そして、罪に定めようとする。 本来罪に定める権限を持っているのは神でサタンや私たち人間がすることではない。それどころか神は聖霊が私たちのためにとりなしをしてくれていると聖書で語っている。 


8:35 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
 8:36 「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。

 私たちはそれを信じることができるのか?

 サタンの計画は私たちを神から引き離すことだ。それができれば奴の計画は成功する。

 8:37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。


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闇なのか?光なのか? [Devotion]

 ヨハネ 3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

 この箇所は聖書の言葉の中でも黄金の言葉と言われるほど有名な箇所である。その言葉どおり、神は私たち人間をこのように思って下さっている。

 3:17 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
 3:18 御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

 また、神が来たのは世に生きている私たちをさばくためではないと言われている。神は初めから終わりまで愛なる方だからだ。では聖書が言うさばきとは何か?それがここに書いてある。

 3:19 そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。
 3:20 悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。
 3:21 しかし、真理を行なう者は、光のほうに来る。その行ないが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

 光なる神、キリストが私たちに来ているのに、私たちが闇を愛することこそがさばきそのものだと聖書は言っている。そして、その行いのゆえにさばかれていると。

 光を拒んで、やみのほうに行くものはすでにさばきの中にいる。この世は光か闇かどちらかである。

 もし、光を拒んでいるのなら、闇を歩んでいることになる。そこに中間の区域、グレーゾーンはない。しかし、真理を行うなら光の方に来ると聖書は言っている。神に救われたものは闇から光へ移された。だから光を持ち続けて歩まなければならない。

 真理を求めると言うことは何か? それは、本当のものは何かを探し、自分の心を探ること。自分の心の奥底に降りていって、自分を見つめなおすことをしていくなら、本当のものが見えてくる。だから毎日、神が自分に何を言っているのか知って神に聞き従っていかなければならない。従わなくては自分が光の中を歩んでいるのかは分からない。そうすると真理を行うことができる。光の方に来てそれを行い続ける。

 その行いが神と話し合ってなされていることを、自分も周りの人も知っていくだろう。主の御心を探り行うことは永遠に繋がっている。そしてこの世でもキリストにあって、永遠のいのちの生活、人生を持つことができる。

 そのことによって何をすべきなのか?何を言うべきなのか?分別がつくようになる。


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毎朝聖められる [Devotion]

ルカ 4:33 また、会堂に、汚れた悪霊につかれた人がいて、大声でわめいた。
 4:34 「ああ、ナザレ人のイエス。いったい私たちに何をしようというのです。あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」
 4:35 イエスは彼をしかって、「黙れ。その人から出て行け。」と言われた。するとその悪霊は人々の真中で、その人を投げ倒して出て行ったが、その人は別に何の害も受けなかった。

 今朝も主との会話で聖められることを言われている。

 聖書のルカの福音書には教会の中で悪霊がわめいていた記述がある。普通私たちは、教会は神聖な場所だから、悪霊が出るわけがないと考えるだろう。 しかし、ここではイエスキリストはあまりにも聖い存在であったがゆえに、悪霊は恐れて出てこざるを得なかった。

 そのようなことが今日でも起こる。事実タンザニアでは毎日のようにそのようなことが起こっている。聖書の世界さながらだ。日本でもこのようなことは起こるだろう。

 そのためには、準備が必要だ。毎日、いつも祈ること。神の声を聞くこと。それに従うこと。準備がなされていないと主の業を見ることはできない。


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悪魔に機会を与えないようにしよう [Devotion]

 エペソ 4:27 悪魔に機会を与えないようにしなさい。

  昨年末、アンビリーバボーを見ていた。幽霊や怪奇現象、宇宙人の特集だった。このように、悪魔は現実世界に自分の姿を現している。だから悪魔がいることは間違いはない。何も特別な人たちだけがそのような悪魔の働きを見るのではない。私たちの生活の中に上手くやつらは入り込んできている。ではどのようにか?

  まず、私たちの思いの中に入り込んでくる。自分を守ろうとする思いと引き換えに人を傷つけてもいいというようにだ。「私は傷つけられた。この人に悪いことが起こっても当然じゃないか。ざまあみやがれ・・・・」と言う具合にだ。

 よくよく考えてみると、実はこんなことも思いたくはないのだ。でも、何かと理由をつけてそれを正当化する。悪魔はこのように人の思いに働きかけて、その人自身が思っているように見せかける。だから、その人自身「自分はなんていやみなんだろう。」に思い悩む結果になる。実はその人が思っているように見せかけて悪魔が仕掛けている。それを回避する方法はないものか・・・

 それは、毎日神と会話し自分を掘り下げるしかない。この世を造られた、ただ一人唯一の神とだ。 神に祈ると自分の心があらわになってくる。自分は神のことを思い生きているのか?それとも、人のことを思って生きているのか?が分かってくる。

 自分を聖め主の前に出るときに自分の心は花の蜜のように甘くなっていく。そのような心になるときに自分の周りに人々が魅力を感じて集まるようになるだろう。

 だから、悪魔に働く機会を与えてはいけない。


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世にあっては患難がある [Devotion]

 ヨハネ 16:33 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」

 この世にあっては患難がある。生きていると本当にいろいろなことが起こる。自分の思ったようにいかないし、また人のいう通りにもいかない。自分の望まないことがいきなり起こったりする。

 でも、神様は全てを知っていて、自分の人生の状況、この世の中の流れを許されたりする。

 まず、神様をよく知っていないと全てが狂ってしまう。なぜ、こんなことが起こるんだ?!と・・・

 でも神様自身が「患難はあるよ」 と聖書で言っている。イエスキリストはもうすでに世に勝った。自分のその状況に勝利した。つらい日々や、病気、鬱・・・・全てに勝ったと言われる。

  だから、勇敢でいよう。もし、悪い奴が来て、心に攻撃を仕掛けても僕は言おう。「主はいつくしみぶかい。引き下がれサタン!」と。

 もう、すでに主は勝利してくださったから。


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聖くなくては神を見ることはできない [Devotion]

 ヘブル 12:14 すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。

  いつも、聖められていなければ、神の声を聞くことはできないし、正しい判断をすることができない。

 だから自分の判断、自分の人間と言うものを静まらせて「はいははい、いいえはいいえ」とだけ言うようにする。

 マタイ  5:37 だから、あなたがたは、『はい。』は『はい。』、『いいえ。』は『いいえ。』とだけ言いなさい。それ以上のことは悪いことです。

 それ以上言うことは悪いことだと聖書は言っている。霊に対して、肉で戦う事はいけない。


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あけましておめでとうございます。 [sniffz]

 皆さん、ご無沙汰です。スニフです。あけましておめでとうございます。

 

 タンザニアから帰ってきてもう4ヶ月経ちました。この4ヶ月も神様は素晴らしい方と毎日毎日感謝しています。人生は色々ありますが、主は全てを知っておられます。

 

  さて今年からこのブログでは私が個人的に神様から聞いて示されることを書いていこうかなと思っています。毎朝、神様は語りかけてくださいます。

 

 小さなことを忠実に・・・・主は小さなこと、その心を見ておられます。


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タンザニア一ヶ月過ぎました。 [sniffz]

 タンザニアに来てもう一ヶ月が過ぎた。
以前インドネシアに何ヶ月か滞在したことがあったが、位置的にも赤道の真下でほぼインドネシアの気候と同じだろうと思ってはいたが、バッチリそうだった。何とも気候的にも生活習慣的にもそっくりそのままだ。



 ダルエスサラームという商業的に首都となっている町にいるが、この国で一番発展しているとはいえ、この国独自のプロダクトがなく、ほとんど輸入に頼っているため、物の値段がやたら高い。ロークオリティ、ハイプライスとはこのことだ^^;
でも神様はどんな時でも感謝ができるように訓練をしてくださっている。今は毎日、体力的にも精神的にも、物質的にも神様を賛美し称える事ができるようになる訓練だ。
 日本に帰った後に、どんなことにおいても心から感謝し、良い言葉を口に出すことができるように訓練をしている。


 まだまだ、ここで学ぶことがいっぱいある。またうっぷします。


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関空に向かいます [sniffz]

今大阪に向かっているバスの中でます。昼に名古屋から出る高速バスに乗るために名古屋駅に行きました。




あんまりお腹も減っていないためとりあえずマックで軽ーいものでもと最近発売し始めたジューシーチキンセレクトを注文した直後…




普段はまず会わないだろう友達に遭遇!
いやぁ…まさか彼に会うとは!




というか、誰かに関空でいきなり会ったりして。とは思っていたけどまさか名古屋でしかもマックのレジで横に列ぶとは思ってもみなかった…
不思議ですね。
それはそうと、マックのジューシーチキンセレクトって美味いですね。




今回の旅もいろいろ起こるんかなあ…




またうっぷします。
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いよいよ、出発。 [sniffz]

 今日いよいよ出発です。

 

 

 なんか、楽しみというか複雑な気持ちです。3ヶ月、タンザニアで頑張ってきます。

 

 

 いま夜中なので^^; また、うっぷします。


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初ユーロ [sniffz]

 来月からタンザニアに行くことになったのだが、タンザニアでは日本円を替えることはできないので、いつかユーロに替えなきゃと思ってはいたが、なかなか買いに行けずにいた。

 

 

 今日ニュースでユーロがすごく値下がりをしているのを見て、早速現金をユーロに替えてきた。本当は10万円ほどユーロに替えたかったのだが、今日は値をだいぶ下げていたため売れたらしく、私が銀行に行ったころにはあと600ユーロしかなくなっていた。それでもなかなかこの値段はならないので600だけでも替えられたことには感謝。あと残りは行く直前にでも替えるかな。

 

  さて、この初ユーロ。いざ中を開けてみるとこんな感じ。

 

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  なんか、インドネシアのルピアのような感じ。なーんだって感じで少しがっかりwwこれなら日本円や米ドルのほうがよっぽど素敵な感じが・・・・

 

 まあそれはともあれ、 タンザニアは赤道の近くで色々話を聞いているとタンザニアは国の感じもインドネシアにすごく似ている気がする。インドネシア人が黒人に。インドネシア語がスワヒリ語になっただけという感覚で行ってよいのだろうか?(^▽^;) まあ行ってみないと分からないな。

 

  話は変わるが、最近TVで「ハガネの女」というドラマがある。本当に面白いドラマで久しぶりに素敵なドラマを見ている感じがする。話としては小学校の臨時採用教師が問題を抱えるクラスに本気で体当たりをしていくという内容。主人公も自分の人生で婚約破棄という大きな挫折を味わっているのにも関わらず、生徒、その保護者たちとの体当たりな姿に本当に心励まされる。

 

 人生はいろいろあって辛いことが続くこともあるが、くよくよも言ってられないことを良く教えられるような気がする。このドラマのすごく良いところは人の見方、視点である。主人公の物事の見方がよく間違うことが起こる。人の心の裏の裏を見せてもらえるようなドラマだ。これからもじっくり見て自分の人生について考えたい。


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マーチ・フォー・ジーザス 名古屋 [sniffz]

 昨年5月に再開したマーチ・フォー・ジーザスが名古屋の中心部、栄で今年も行われました。今年はざっと見て3000人ほどが集まっていたかな?

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 午前11:30から久屋広場に集まり決起大会を始め、行進は13:30にスタート!

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 「イエスはあなたを愛しています!」「あなたは愛されています!」「あなたは大切な人です!」と叫んだり、神様をたたえる歌を歌いながら行進して行きました。街中の人の驚いた顔!でも、街中で神様を伝えることができることは楽しく、素晴らしいことです。

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 このマーチ・フォー・ジーザスという働きはイエスキリストをもっと多くの人に知って貰いたいとイギリスで街の中を行進したところから始まりました。 日本では90年代に日本の牧師でありクリスチャンミュージシャンの小坂忠師(ミクタム代表)を中心に何年か続けて日本中のクリスチャンが同じ日、同じ時間で行進をしていました。もう今は本国イギリスでも、また日本でもこの働きはなくなっていました。

 

 

  しかし、昨年名古屋地区の日本とブラジルの教会が合同でこの働きを復活させようとのことでもう一度始まったわけです。事前に警察に届出をしていますので今日は警察の方の警護、交通整理の中、安全にマーチをすることができました。

 神様は素晴らしい方です。


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神様はあなたのことを知っている [sniffz]

  今日私の敬愛するクワイヤー”NCM2”のサイトを見ていたら、ニック・ブイヂチさんの動画がアップされていた。

 

 彼のことは以前から知ってはいたが、この動画はあまりにも心を打った。

 

  神様は私のことを知っている。ニックさんは百回倒れようと、百回起き上がる。起き上がれなくとも挑戦することが大切なではないかと言う。両手両足をほしいと今でも願っている。その祈りを神様が聞かれようと聞かれまいと私は奇跡を信じて”大丈夫だ。神は偉大な使命を下さった”と前に進んでいく。

 

 神様は偉大だ。人間神様にして欲しいと懇願する奇跡を超えている。それだけが奇跡ではない 。神様はそれもよくよく知ってて現状を許される場合がある。神の奇跡は全てを超越している。

 

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 さあ、神を信じよう。


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タンザニア [sniffz]

 今月のGW中にガジマ師の聖会が持たれた。約1000人ほどが参加する日本の中ではまあまあの集会だったが、ガジマ師に言わせると小さくて目をつぶって話さなければいけないくらいだという^^;

 

 ガジマ師の教会はタンザニアはおろか、西、中央アフリカで一番大きい教会らしい。それもそのはず教会員は2万6000人!なんとも日本は小さい規模だこと。死んだ人がこれまでに150人よみがえっているらしい。驚きだ。

 

 来月、私もそこに行くことになった。今からタンザニアのビザ、チケットを取らなければいけない。神様は私をどのように導かれたいのか。主の心のままに生きること。それを体験したい。


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魔女たちの22時 [sniffz]

昨夜「魔女たちの22時」という番組を何気なく見ていたが、重度の皮膚病を克服してとても綺麗になった女性の事がでていた。




その方はおばあちゃんがドクダミのエキスを患部に塗ってくれて痒みが止まったとして、乾燥したドクダミを風呂に入れて入り続けた結果、殆ど今は大丈夫な程まで回復しているという。





僕も今皮膚の具合が非常に悪く、蕁麻疹など全身に出ているので今仕事の合間に山にドクダミを取りに行ってきた。これを煎じて飲んだり、エキスを付けたり、風呂に入れて試そうと思う。





病院の薬は効いていない。でも癒すのは神様だ。さて、今晩は寝られるかなあ(:_;)
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子供大会 [sniffz]

 今日は教会の月に一回の土曜子供大会の日だった。

 

 いつも、近くの公民館の一室をお借りして、午後2時から1時間ほど子供たちと楽しいときを持っている。最初に歌を2曲歌って始めたわけだが、子供はゲームのように競争させるとものすごく積極的になる。「さあ、向こうのチームに負けないように大きな声で歌いましょう!」とこっちのチームから始めて、次に歌うのは向こうのチーム。

 

 果たして歌っているのか・・・・それともガナッているのか・・・...ヽ( ´_つ`)ノ ? まあそこら辺は定かではないが。まあ皆大きな声を出してくれるのは、こっちにとってもやる気が出るw

 

 歌のあとはゲーム。 今日は「缶積み、ドナルドゲーム」。 

 

 缶積みはチームが2つに分かれ、それぞれ缶を5つ積み上げる。一人が積み上げているその間に同じチームの他のメンバーは、中心の線から出ないように新聞を丸めて作ったボールを相手のチームの積み上げられている缶に向かって投げて当てる。先に5つの缶を積み上げ手を離して(今日は)3秒数えたら勝ち! これがなかなか、積みあがらないのが面白い。キャーキャーワーワー子供たちが騒ぎながら、相手の缶を倒しにかかるのだが今日はえらく静かだった・・・(゚ー゚*?)オヨ?

 

 ドナルドゲームは(本来)ドナルドに扮する司会者の真似をしなければならないゲーム。じゃんけんで言うグー、チョキ、パーをハンバーガー、ポテト、シェイク と司会者が叫んでその真似をする。最後まで残った人が勝ち。いたってシンプルだ。 子供大会では本当に小さい子も来たりするので、だれでも簡単に遊べるものが求められる。

 

  そのあとはお話の時間。今日は十字架のお話をした。よく祈って主が共にいてくださったので本当に子供たちは真剣に聞いていた。僕も神様の前に、このような純粋な心を持っていないといけないなあ・・・・と実感する。 子供っていいですね。

 

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ねずみの訓練?! [sniffz]

 なんか絶滅の恐れのあるねずみの訓練に成功したんだってね。

 

  http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2719402/5637073?blog=sonet

 

 今日はここまで・・・・またうっぷします。


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授業参観 [sniffz]

 今日は休みだったが、教会の子供が授業参観だった。彼らは私に「来て欲しい」と言ってきた。

 実は彼らのお母さんは昨年亡くなられた。お父さんは昼間は仕事だろうから私たちに来て欲しいということだ。

 

 ということで、久々の小学校へ・・・もちろん母校ではないが。

 

 学校へ着くと保護者の方々ばっかり!当たり前かw お母さんばかりかと思いきや、お父さんも結構いらっしゃる。

 

  さて、体育館らしき付近で靴を下駄箱に。 代わりにスリッパを拝借して、いざ教室へ!

 

 私はまだ結婚もしていないので、もちろん子供もいないのだが何か複雑のようなwww新鮮な気持ちだった。

 

 2年1組・・・教室に着くとすごいパワフルな声!

 

 「はーーーい、はーーーーーい!」

 

 皆当てて欲しいんだねえ。と思いながら、僕の友達の男の子を探していると前のほうに後姿が見えた。

 

 前の扉へ移動し、「ちゃんと先生の話聞いてっかなぁ???」って見てると・・・・

 

 「!!」気づいたようだ。お互いににやりと笑って、彼は恥ずかしそうな顔をした。

 

 かわいいなあ・・・ほー、息子を持つって感触はちとこんなもんかねえ^^;

 

 そのあと、3年のおにいちゃんと4年のおねえちゃんのクラスも見に行きました。

 

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恵みの出会い No.9 [sniffz]

 私の教会で2月から10週間連続で取り組んでいる「恵みの出会い」というものがある。今日で第9回を終え、あと残すところ1回となった。

 

 これは、神様の愛を実際に、人々を通して感じる経験を したいと願い、10週に渡ってホストの私たちがゲストを迎えて接待をし、夕食やゲームなどを通しリラックスをしていただく中で、神様(イエス)について聞き、また自分の感じるままにトークをしながら、ゆったりまったりした2時間を楽しんでいただく時間である。神様が人を通して愛を表されることを願っている。

 

 この働きの素晴らしい点は毎週ゲストの心、態度などが変わっていく姿が見られることだけでなく 、私たちホスト側にも素晴らしい心の楽しさ、豊かさが溢れてくることである。

 

 私たちの教会はおそらくまた来年の企画になりそうだが、いづれにせよすべてクリスチャンが神様の素晴らしさ、温かさを身に染みて感じ、この世では辛いこともあるが、喜びを持って生きられること。また死んでも永遠の命があることを喜んでいられることはなんとも素晴らしいことだ。

 

 参加された方は「もう終わるのは名残惜しい」と言われているが(そりゃそうだろう^^;)、私たちホストも本当にはやー区終わった感じだ。それにしても、主は素晴らしい!

 

 Praise The Lord!


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スタバ 100円コーヒー?! [sniffz]

 夕方TVのニュースで見たが、今日からスタバで100円のコーヒーを売り出したらしい。

 

 http://www.starbucks.co.jp/

 

 今まで高級志向だった路線を変えて販売するらしいが、なんとも2年前の不況で大きくあおりを受けたスタバ。当初は「完全に死んだ」まで言われたそうだが、今は急激に売り上げが戻ったようだ。多くの店舗閉鎖、リストラ。きびしい状況だったが、何とか盛り上がったところのこの商品発売らしい。

 

 あのスタバがえらく安いものを出したなあ。と思ってみていたところ、TVキャスター「勝ち組のスタバ」とかなんとかいった。その言葉がすごく気になった。

 

 ・・・「勝ち組」とはなんだろうか?多分世間一般的に「勝ち組」と言われている人たちは仕事で自分のアイデア戦略を成功させ、金を大きく設けている人たちだろう。

 

 果たしてそれが「勝ち」なのだろうか?人生を終えたときに本当の喜びと満足感があるのか。この人生が全てなのだろうか。

 

 死んだ後の世界への不安があるのではなかろうか?どんなに成功し、ちやほやされても、お金や物をいっぱい持っていたとしても、果たして人の心は満たされるのか?

 

 人の永遠の課題である。

 

 しかし、本当の想像主である神様を受け入れたときに、その不安はなくなる。天国というものが分かるからだ。

 

 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。ヨハネ3:16

 

 明日も最善を尽くしていこう。 明日は日曜日。神様を共に礼拝しよう!


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サラリーマンNEOが復活! [sniffz]

 今日、久々にサラリーマンNEOを見ました。

 

 いやあ・・・先週からまたやってたんですね。もうSeason5になっていて、俳優さんたちもだいぶ変わってきていますね。

 

 今日の「世界の社食から」のコーナーはすごく豪華な会社だった。あんな会社あるんですね!有名ラーメン店を会社に呼んで作ってもらったり。しかも通常販売よりも安いんだって!へえ・・・才才-!!w(゚o゚*)w  もっとすごいのは和風レストランのような専門スペースがあって、修行を積んだスタッフが料理を出してる!しかも、夜になるとそこが居酒屋と化す。。。とは本と驚き! ぉお!!(゚ロ゚屮)屮

 

 サラリーマンNEO。また、見れるかわかんないけど・・・・見れたら見てみよう。

 http://www.nhk.or.jp/neo/


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信じること [sniffz]

 今日BSでニュースを見ていた。

 

 アメリカ、フロリダで11歳の少女が密林の沼地に入って、4日間行方不明になっていたが、救出されたというニュースが飛び込んできた。

 

 まず4日間も11歳の少女が何も食べずに生きていたことがすごいなあと思っていたが、もちろん、救助隊はいたとは思うが、捜索に当たったのは彼女の行っている教会のメンバーだった。

 

  教会一丸となって探したようだ。そして、最後の最後に少女が沼地にはまっているのを、教会員の一人が発見し、救助したらしい。

 

 救助した方(リンク先の一番下の方)は「私は神に祈って、捜索に出ました。そして、見つけたのです。神様のおかげです!」と言っていた。なんて巣晴らしいことだろう。神様は祈りに答えてくださる!

 

 その教会は彼女が見つかったことで、パーティーを開いてお祝いするらしい。 (*^▽^)/★*☆

 

 私がそのニュースを見ていたとき、ケーキには”We Love You”と”彼女の名前”が書かれていた。

 

 http://www.dailybreeze.com/latestnews/ci_14875016

 

 そのニュースを見た後、連絡が入った。私の友人の仕事が見つかったと・・・・ !!(゚ロ゚屮)屮

 

 私たちはずっとそのために祈ってきた。

 

 本当に神は良い方だ。必ず祈りに答えてくださる。

 

 自分が失望の中に入るときも、その苦しみは自分にとって必要なものだから、それを経験しなくてはいけないから、神様はそれをあえて与えられる。

 

 「主を信じるものは失望に終わることはない。」

 

 神様、信じます。ありがとう。

 

 God is good, All the time!

 


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